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2012年11月

2012年11月29日 (木)

小さな海辺の町で、

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私の生まれ育った
瀬戸内海沿いの小さな町、今治(イマバリ)は

タオルと造船で成り立ち、日常は(その当時、
地元商店街でみんなが買い物をする。
高校野球が盛んで、○○組の方々も多い。
高校までは大抵みんな その町で過ごす。
卒業すると、進学やら就職で 
急ぐように、大きな町へ、都会へと出ていくような、

どこにでもある 小さな海辺の町。
すこし普通の田舎町と違ったのは、
その町は四国だった。

小学生の遠足は たいていお遍路さんが通う札所(寺)や古墳。

そこまで行って、お弁当食べて、少し遊んで帰ってくる。
その場所で先生の話す、地域の昔話がセットになっていた。
近くにある蛇の形をした池(やたの蛇池の伝説。)
犬の形をした池(犬塚)の話なども聞いた。

普段、遊んでいた場所は
今おもえば 山だと思っていたけど、古墳だった。
古い地元の神社や 原っぱ、小川で鮒つりも
飽きずによく遊んだけど、遊んでいる場所の近くには
小さいお地蔵さんや 大きい銀杏なんかの木があった。
子どもだけで 遊んでいるけど、
なんとなく安心で その場所は怖くなかった。


どこの家も だいたい おばあちゃんが一緒に住んでいて、
おばあちゃんは帰宅時間が少し遅くなったりすると、
『たぬきにだまされたけん、道がようわからんようーなったわい。フフフッ』
などと吉本のような事を言う。。。

『台所には かまどの神様がおるけんね、きれいにせな いかんのよ。』
とも言っていた。
かまどはないけど。。。ガスだけど、なんて思っていた。
他にも たくさん、家の中に神様がいた。
中学生くらいになると、
地域におがみやさん という人がいるのを知った。
私の家では 見てもらったことはないのだけど、
他の家々では、かかりつけのお医者さんのように相談していた。
受験や病気の事。おがみやさんをつうじて、
亡くなった人とも コンタクトをとったりもしていた。
そんな町の暮らしは
あたりまえの日常とスピリッチアルは 特別な事でなく共存していた。

普段の町の人々の暮らしは
その土地でとれる、季節の魚やら野菜、新鮮な食物を食べ、
その土地で起こった事、言い伝えを大切にしていた。

今はもう目には見えない、ご先祖さまやら、
その場所に住む神様、精神を大切にしていた。
春に来る、お遍路さん達も大事にしていた。

土着と言えば それまでで、
私も 若い時は、なんの意味も見いだせなかったけど、、
最近、とても豊かな日常だったんだと思う。

今に凝縮された、過去や未来を大切に
今を感謝して 季節をあたりまえに過ごす。

おばあちゃんの暮らしは 
日常にある、あたりまえの神聖と 自分の内にある神聖が
自然とつながった ココロ安らぐものではと思う。
私もそんな暮らし、大きな町に住んでいるけど、、
見習いたいと思っています。
日々少しでも。


小さな海辺の町 今、盛り上がっている話題はゆるきゃらNO1バリィさんです。

雨粒

ちいさい時から 不思議だった。

どうして 私は ここにいるのか?

この世界、宇宙や地球は 

もしかして、、

雨が降り、大きな葉っぱの中に 水がたまる、

その雨粒の中の世界かもしれないと、、

その雨粒は、晴れて蒸発したり、

葉っぱから落ちたら、この宇宙はいったんは消える、形を変える。

また、時を経て、、雨となり、葉っぱに雨粒(水たまりの世界ができる。

同じようでも、まったく違う世界。似てるけど違う私。

あーどうしようもない、なんか苦しくなる。。。

どろだんこをたくさん作りながら、、

雨の日に悩めるようちえん児でした。

今でも この疑問は消えません。

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2012年11月21日 (水)

ブログ

Fall5

ブログをまた、、再び と思い始めました。

何となく 気持ち 大げさでなく 

少し肩の力をぬいて、

まったく新しくして、

はじめようかとも思いましたが、

でも 過去に どう感じて 書いていたかも 

ワタシです。

そのまま つなげていきます。

オープンな気持ちで、

ヨガ、クラスのスケジュール告知、

日々のあれこれ、ふと思う事など

ちょっとスピにふれた体験も書いていきます。

2012年現在、過去のブログの一部に 若干の加筆や添削を加えたものもあります。

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